ご挨拶


第25期会長 権藤 敦子(広島大学)


第25期会長権藤敦子


 度重なる災害に見舞われ,パンデミックに振り回され,さらに,人々の生活を破壊し,命も,安全も,国際秩序も平和も脅かすような行為が今まさに行われている中で,第25期の学会運営のバトンを受け取りました。現状に心を痛める個人としての思いを超え,日本音楽教育学会という,社会の負託を受けた学会に正面から対峙する機会を与えられたこと,真摯に受け止めています。「日本音楽教育学会倫理綱領」〈前文〉に示すように,「音楽教育に関する会員相互の研究協議をとおして,音楽教育研究の振興と音楽教育活動の発展に貢献することを目的とする」本学会において,「この目的の実現に向けた諸活動を支え」ることに全力を尽くすとともに,「人間の幸福と社会・文化の発展に寄与する」という究極的な目標を見据えながら,何ができるのか,何をすべきなのか,皆様とともに考え,取り組んでいければと思います。


 今更言うまでもなく,「音楽」は,人類にとってなくてはならない実に多様で豊かな文化であり,「教育」は,未来に向けて,これからの世界を築くうえで最も基盤となる営みです。その両方にかかわる本学会の使命は,「人間の幸福と社会・文化の発展に寄与する」という目標のもと,「人の心の中に平和のとりでを築く」(UNESCO)ことへと連なるものと言えるでしょう。


 1998年の第29回広島大会で,パネリストのお一人喜納昌吉氏の資料は「すべての武器を楽器に」と大きな文字で書かれた1枚でした。「音楽教育を平和教育の視点から見直す」と題されたパネル・ディスカッションでは,ミュージシャンとしての実践から民族音楽学の視座へ,日常的な音楽の授業へと議論が展開されました。三線にのって《花―すべての人の心に花を》が歌われ,グレゴリオ聖歌や,オルガンの演奏がホールに響き,伽倻琴併唱,和太鼓の演奏で参加者を迎えた大会での経験は,実行委員の一員として準備に携わった私にとって,学会を通じて音楽教育を考える原点となりました。また,2005年の中国地区例会では,マリー・シェーファー作曲《Threnody》を演奏したカナダの中高生数名が,演奏会直前に二日前に訪れた広島平和記念資料館をホテルから自力で再訪。そのことによって自らの演奏を変化させていった子どもたちの柔らかい心とひたむきな姿に衝撃を受けました。


 1,500名を超える多様な立場の会員お一人お一人にとって,そして,本学会に関心をもち,かかわってくださる方々にとって,日本音楽教育学会との出会いが有意義なものとなることを何よりも大切に考えていきたいと思います。学会における諸活動での交流を通して研究や実践を深めていただく場をつくり,様々な企画や出版・公刊により皆様をサポートする役割を果たすことができたらと思います。前期に掲げられた「多様性を尊重した研究と実践およびその交流の推進」及び「あらゆる世代に活躍していただく」方針を継承しつつ,他方で,皆様にとっての利便性や,学会としての持続可能性を点検しながら,皆様の活動を支える盤石な学会組織を築けるよう努めて参ります。


 倫理綱領作成に携わる中で,倫理,価値,最善は決して一つではなく,立場によって異なるという前提に立つとともに,学会には,その活動が社会の負託に応えるものになっているか問い,振り返り,すべての会員にとっての最善をめざす責任があると学びました。会員お一人お一人がその多様な立場での研究や実践を展開してくださること,皆様の自己実現を互いに支え合う活動基盤を整えていくことが,ひいては冒頭に掲げた「人間の幸福と社会・文化の発展に寄与する」ことをめざす学会の自己実現になると確信しております。役員・委員,事務局のスタッフの方々,そして,会員の皆様とともに53年目の歩みをしっかり踏み出したいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。